はじめに
「今年度からDXを推進する」という方針が経営層から出て、DX推進室のような部署ができる。ところが半年経っても、やっていることは個別のツール導入や、現場から上がってきた要望の対応ばかり——こうした状況は珍しくありません。
DXとは?言葉の意味から発注側が陥りがちな誤解までで整理したように、DXは単なるIT化ではなく、ビジネスや業務のあり方を変える取り組みです。しかし、その大きな目標を「計画」という形に落とし込まないまま走り出すと、目の前の案件をこなすだけの活動になってしまいます。
今回は、DX推進計画に最低限含めるべき5つの要素を整理します。11月はDX推進の計画づくりをテーマに、ロードマップの描き方や現状分析の進め方も順に取り上げていく予定です。
なぜ「なんとなくのDX推進」になってしまうのか
DX推進が漠然とした活動になってしまう背景には、いくつかの共通点があります。
- 「DXを進める」という方針だけが決まり、何を変えるのかが決まっていない
- 推進部門に予算と人はついたが、成果の測り方が決まっていない
- 現場から上がってきた要望を順番に対応するだけで、優先順位の基準がない
DX推進がうまくいかない会社に共通する2つの原因と対策でも触れましたが、原因の多くは技術ではなく、「何を目指し、どう進めるか」が言語化されていないことにあります。計画書はこの言語化のための道具です。
DX推進計画に必要な5つの要素
①目的:何を変えたいのか
最初に必要なのは、DXで何を変えたいのかという目的です。「業務効率化」「デジタル化」といった言葉だけでは目的になりません。次のように、変えたい対象と変えた後の状態を具体的に書きます。
- 受注から出荷までのリードタイムを短くし、短納期の注文を取りこぼさないようにする
- 営業担当者ごとに分散している顧客情報を一元化し、提案の質をそろえる
- 紙と手入力に頼っている月次決算を早期化し、経営判断を早くする
目的は経営課題と結びついている必要があります。経営層が「それは確かに困っている」と言える内容でなければ、予算も協力も続きません。
②現状:今どうなっているのか
目的を決めたら、それに関係する現状を整理します。業務の流れ、使っているシステム、データの所在、担当している人などです。
現状分析を飛ばして計画を立てると、「やりたいこと」と「できること」の差が見えないまま進むことになります。たとえば、顧客情報を一元化したいのに、そもそも顧客コードが部署ごとにバラバラだった、ということが後から判明すると、計画そのものを組み直す必要が出てきます。マスタデータ整備を後回しにするとどうなるかで触れた問題は、まさにこの典型です。
現状分析の具体的な進め方は、改めて別の記事で整理します。
③施策とロードマップ:何を、どの順番でやるのか
目的と現状の差を埋めるための施策を洗い出し、実施の順番を決めます。ここで重要なのは、すべてを同時に始めないことです。
- 前提となる施策(データ整備、業務ルールの統一など)を先に置く
- 効果が早く見える施策を初期に置き、社内の理解を得る
- 大規模なシステム刷新は、前提が整ってから着手する
施策を時間軸に並べたものがロードマップです。短期・中期・長期の考え方は次回以降の記事で詳しく取り上げますが、少なくとも「最初の1年で何をやるか」は具体的に書けるようにしておきます。
④体制と役割:誰が進めるのか
DX推進計画には、誰が何に責任を持つのかを書く必要があります。最低限、次の3つの役割は明確にしておきます。
- オーナー:最終的な意思決定を行う経営層。予算の承認と優先順位の判断を担う
- 推進責任者:計画全体を管理し、各施策の進捗を把握する
- 業務部門の責任者:変わる業務の当事者として、現場の業務変更に責任を持つ
DX推進部門だけで進めようとすると、現場が「やらされる側」になり、定着しません。DX推進担当者が孤立しないための社内巻き込み方で触れたように、業務部門を計画段階から当事者に含めておくことが重要です。経営層の関わり方については基幹刷新プロジェクトにおける経営層の関わり方も参考になります。
ベンダーやコンサルに支援を依頼する場合も、計画のオーナーは自社に置きます。計画づくりそのものを外部に任せると、自社の課題よりも外部が得意な施策が並びやすくなるためです。
⑤評価指標:何をもって進んだと判断するのか
最後に、計画が進んでいるかどうかを判断するための指標を決めます。指標は2種類に分けて考えると整理しやすくなります。
- 成果指標:目的が達成されたかを見る指標(例:受注から出荷までのリードタイム、月次決算の締め日数)
- 活動指標:施策が予定どおり進んでいるかを見る指標(例:対象業務のシステム移行率、データ整備の完了率)
活動指標だけを追っていると、「システムは入ったが業務は何も変わっていない」という状態に気づけません。逆に成果指標だけでは、成果が出ない理由が分かりません。両方を組み合わせ、どの頻度で誰に報告するかまで決めておきます。
5つの要素は「1枚」にまとめる
ここまでの5つの要素は、最初から分厚い計画書にする必要はありません。むしろ、まずはA4で1〜2枚に収まる形でまとめることをお勧めします。
- 目的(何を変えたいか)
- 現状(何が問題か)
- 施策とロードマップ(何をどの順番で)
- 体制(誰が責任を持つか)
- 評価指標(何で進捗を測るか)
1枚にまとめることで、経営層や業務部門と同じ紙を見ながら議論できます。詳細な計画は、施策ごとのプロジェクト計画書に落としていけばよく、全社の推進計画は「判断の拠り所」として機能すれば十分です。プロジェクト単位の計画書の考え方はプロジェクト計画書は「誰のための文書」なのかで解説しています。
5つの要素で計画を点検する
すでにDX推進計画がある場合も、5つの要素で点検してみると抜けが見つかることがあります。よくあるのは次のようなパターンです。
- 施策の一覧はあるが、目的が書かれていない:ツール導入の予定表になっており、何のための施策かを説明できない
- 目的はあるが、現状が書かれていない:理想像だけが描かれ、今との差が分からないため、施策の優先順位がつけられない
- 体制図はあるが、業務部門の責任者がいない:推進部門とベンダーだけで構成されており、業務を変える当事者が不在になっている
- 評価指標が「導入件数」だけ:活動指標しかなく、成果が出ているかどうかを誰も判断していない
どれか一つでも当てはまる場合は、その要素を補うところから見直すと、計画が「判断の拠り所」として機能し始めます。
計画は「作って終わり」にしない
DX推進計画は、一度作ったら固定するものではありません。施策を進める中で前提が変わることもありますし、想定していなかった課題が見つかることもあります。
実務上は、四半期ごとに計画を見直す場を設けておくのが現実的です。見直しの場では、評価指標の推移を確認し、施策の優先順位を変える必要があるかを判断します。この見直しのサイクルを最初から計画に組み込んでおくことで、「計画書はあるが誰も見ていない」という状態を防げます。
まとめ
なんとなくのDX推進から抜け出すには、目的・現状・施策とロードマップ・体制・評価指標という5つの要素を、計画として言語化することが出発点です。特に、目的を経営課題と結びつけて具体的に書くこと、そして成果指標と活動指標の両方で進捗を見ることが重要です。
最初から完璧な計画を作る必要はありません。まずは1枚にまとめ、経営層・業務部門と同じ紙で議論するところから始めてみてください。
執筆者プロフィール:SIer(元請け)とITコンサルファーム(発注側支援)、両方の立場でプロジェクトに従事(通算9年)。要件定義からベンダーマネジメントまで一貫して対応し、基幹システム刷新・DX推進プロジェクトに多数従事。


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